中国と台湾の関係について分かりやすく解説します!台湾って国なの!?
こんにちは!(*^◯^*)
ナカマユウタです!
私は台湾の事が好きなのでいつも台湾のブログを中心に書いているのですが、
台湾という国についてまだ知らない人は多いのではないでしょうか?
・そもそも台湾は国なの?
・台湾って中国なの?
など色々な疑問があると思います!
そこで今回は台湾と中国の関係を記事にしていきたいと思います!( ´ ▽ ` )ノ
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⭐️台湾と中国の関係
結論から言うと台湾は現在、
国際的には国とは認められていません。
中国の一部として見られています。
しかし台湾と中国は政治や行政も異なりますし、
中国人が台湾に旅行するときにもパスポートが必要です。
またそれぞれの呼び名も違います。
中国は正式名称は中華人民共和国に対し、
台湾は中華民国と呼ばれています。
・台湾と中国の歴史
台湾と中国は元々1つの国でした。この頃は中国は清という国でした。
と言っても台湾はまだまだ未開発地域で台湾原住民が多く暮らす島です。
清の植民地支配に置かれていたようなものだと思います。
1894年に日本と清の間で戦争が起こります。
これが日清戦争です!
結果的に日本は清に勝利し、清から台湾を譲り受けます。
台湾は1895年からおよそ50年間日本の植民地支配に置かれることになります。
台湾人が親日家が多い理由としてこの植民地支配が原因にあると思います。
初めは日本に対し反発するものが多かったのですが、
日本は台湾を同化政策としてインフラを整備し、
学校、病院を台湾に作り、台湾の生活水準を上げました。
もちろん言語も日本語を教育することで台湾を日本にするように進めました。
当時の台湾は日本の首都東京に劣らず、
最先端の街として知られていたそうです!(*^◯^*)
・当時は東洋一の規模を誇ったダムを作った八田與一
台湾のインフラ整備で最も有名なのが八田與一です。
当時の台湾はダムの設備がなく、穀物も育たない不毛の地と言われていました。
そこで日本人の八田與一は台湾に当時では東洋一の大きさの鳥山頭ダムを建設し、
台湾の飢餓を救ったとも言われています。
しかも台湾人も多く雇用され生活も潤ったと言われています。
現在もダムがある台南市には多くの水田が残っています。
・中国と台湾の関係から見る日中戦争そして台湾返還
1937年に日本と中国の間で再び戦争が起こります。
2つの巨大政党に分裂していました。
国民党に代表は蒋介石、
蒋介石と毛沢東という名前は聞いたことがあるのではないでしょうか?(*^◯^*)
共に協力して日本と戦争することを誓います。(第二次国共合作)
その後1945年に日本は第2次世界大戦で戦争に負けてしまいます。
元々中国の領土であった台湾も日本から中国に返還されてしまうわけですねf^_^;
当時の中国は国民党が力を持っていたため中華民国と呼ばれていました。
しかし日本との戦争後、再び国民党と共産党が分裂してしまいます。(国共内戦)
内戦の結果、共産党が勢力を拡大していき国民党が衰退していきます。
追いやられた国民党は台湾に逃げ、台湾で中華民国を成立させます。
1949年10月に中国共産党は中華人民共和国を成立させます。
それは現在でも続いています。
・中国と台湾の不仲の原因!?中華民国の台湾侵略
上記でも話した通り、台湾は1945年に中国の領土に返還されてしまいます。
200万の軍人、またその家族を連れて台湾に移住してきます。
急に中国の大群が台湾に流れ込んできたら現地の人は困惑しますよねf^_^;
しかも当時の台湾は教育水準も世界最高値に並んでいたのに関わらず、
中国から来た中華民国の人たちは、
ろくに教育も受けていなく文字も読めなかったそうです。。。
しかもツバを吐きながら歩く兵隊さんを見て驚く市民の証言も残っています。
また当時の国民党軍は台湾の施設にも驚きを隠せなかったそうです(゚O゚)\(- -;
その中で1番有名なのがエレベーターと言われています。
現在でも台湾最古のエレベーターとして、
台南の林百貨店という場所にあります。
台南では観光スポットとして有名です!(*^◯^*)
⭐️2・28事件
1945年以降現地の台湾人は、
中華民国の移民のあまりにも酷い状態に不信感を募らせます。
その結果痛ましい事件が起きてしまいます。
それが2・28事件です。
現在でも台湾はこの日は祝日になっています。
当時、台湾では日本統治時代から台湾にいた人の事を本省人、
中国から逃れ移住してきた人(国民党軍)を外省人という呼び方をしていました。
事の発端は1947年2月27日に起こります。
ある闇タバコを売る女性が役員(外省人)に取締りを受け、暴行されました。
それを見た本省人の市民たちは怒りを爆発させます。
結果一人を殺害してしまいます。
元々本省人の方は外省人の言葉の違いや文化の違いに不満がありました。
怒りは頂点に達しその後暴動へと広がりました。
この事件で死者は28000人ほどだと言われています。
その中で台湾のエリート(台湾政府関係者)は処刑されてしまいます。
当時本省人と外省人の区別の仕方として日本語が使われたそうです。
日本語を話せなかったら外省人ということですね。。。
結果軍事力が勝る外省人(国民党軍)に弾圧され、
台湾はその後1987年までの40年間政府による権力行使が続きました。
この2・28事件の資料館が台北にあります。
当時の貴重な資料が展示されているので見学することをお勧めします!
日本語の音声ガイドもあります!(*^◯^*)
台湾は民主化が進みました。
つい最近まで、台湾では身分証明書に本省人、外省人と記載されていました。
現在ではこういった差別は減ってきていますが、
まだ本省人、外省人で言い争うことも少なくないようです( ; _ ; )
現在中国では台湾は中国の一部だと言われているのも、
この争いが消えていないからだと思います。
蒋介石は亡くなる直前まで中国への侵略を目論んでいたそうですから(^◇^;)
台湾国内でも、台湾独立派と中国派に分かれているのも事実です。
この先台湾がどういう道をたどっていくかは分かりませんが、
争いだけは決してして欲しくはありませんね。。。
まだまだ勉強不足ですが大まかにまとめてみました!
台湾が好きで歴史を調べてみましたが、歴史を知ることって重要な事ですね!
上記の本が台湾の歴史を漫画形式で書いておりました( ´ ▽ ` )ノ
台湾と日本、台湾と中国の関係を分かりやすく書いています!
これを見れば台湾人がどうして親日が多いのかがイメージつくかもしれません。
以上、ナカマユウタでした!